北東アジア諸国間を人、商品、資本、サービスが自由に移動できる時代が一日も早く到来すること―。この地域に住む人なら誰もがそれを願うに違いありません。

欧州連合(EU)はその主要国内で、この4つの移動の自由を実現しました。それができた背景には、並々ならぬ意志が働いていました。それは、二次にわたる世界大戦を繰り返してはならないという強い悔悟の念です。中でも、相互に根強い不信を抱く仏独両国ではありますが、EU実現のプロセスで、完全とは言えないまでも、克服への努力が積み上げたことは特筆に値します。これは、今日の日韓・日中関係にも参考になる成果ではないでしょうか。

北東アジア地域のボーダレス化という悲願は、日韓トンネル計画という大事業に着手することがきっかけとなる期待は小さくありません。経済大国であり技術立国である日本が、大陸(ロシア、中央アジア、モンゴル、中国、北朝鮮、韓国など)と陸続きになることは、どれほど大きなインパクトをこの地域に与えるか計り知れません。ひいては、ユーラシア大陸横断鉄道という「平和の懸け橋」が現実のものとなることでしょう。

日本がユーラシア大陸とつながれば、エネルギー輸送ラインと情報ハイウェーの整備によって、安全な陸上一貫物流システムのハブが確立します。これは北東アジアに巨大経済共同体が誕生することを意味し、人、商品、資本、サービスの交流は円滑になり、技術や産業の平準化も促進されるでしょう。その規模は、世界全体の国内総生産(GDP)の4分の1から3分の1にも成長すると予測されています。

こうした経済共同体構築の模索は、世界各地域で展開しています。それによって、地域の平和と安定を図ることができるからです。

日韓トンネル事業は、歴史的なロマン、壮大な技術的な挑戦であると同時に、人類愛という普遍的な価値観をベースにしつつ、アジアに均衡ある発展をもたらすだけでなく、国際秩序の確立にも貢献する大プロジェクトといっても過言ではありません。

とりわけ日韓関係が深化すれば、従来の島国、半島国それぞれ気質や旧来の相互不信を脱却し、共存共栄の新たな関係を構築する契機となるでしょう。さらには、高度な技術力と豊富な資本力を持つ日本・韓国と、豊富な資源と労働力を持つ北朝鮮・中国・ロシアが相互補完的な協力体制を築くことができます。

日韓トンネルが完成すれば、新幹線や貨物列車が走る高速鉄道が整備されます。ルートは、九州地方北部から壱岐・対馬を経て韓国の釜山(あるいは巨済島)に至る約220キロ。これを海底トンネルなどで結びます。総延長は、青函トンネルやユーロトンネルの4倍以上になります。

過去を振り返ると、日韓トンネル構想があったことが分かります。昭和の初めには、日本の旧鉄道省が「大陸横断弾丸列車計画」を策定しました。その一環として対馬海峡海底を経由するトンネルが計画され、ボーリング調査や音波探査が実施されました。

1980年になって、建設大手の大林組がユーラシア・ドライブウェイ構想を公表。これは東京とロンドンを結ぶものでした。

そして1983年、「日韓トンネル研究会」が設立され(設立発起人:松下正寿、佐々木忠義、西堀栄三郎、佐々保雄の四氏)、計画は実現に向けて大きな一歩を踏み出しました。さらに2004年、内閣府より認証を受けた特定非営利活動法人「日韓トンネル研究会」が設立され、北東アジア地域の安定と繁栄を願う人々の思いを乗せて、計画はさらに一歩前進しています。

この間に、日韓の首脳(森喜朗首相、盧泰愚、金大中、盧武鉉各大統領)がそれぞれ公式の場でこの計画実現にかかわる提案をしました。